生命科学研究科 統合生命科学専攻遺伝機構学講座 准教授
水の中で光合成をおこなって生活している微生物は、サイズが小さく、人の目に触れる機会がほとんど無いため、これまで人類にはあまり利用されてきませんでした。しかし、これらの微生物は人の目に触れないところで多様な進化を遂げており、中には人類にとって有用な形質を持っているものもいます。分子遺伝学のバックグラウンドを生かして、これらの光合成微生物を使った新しい切り口の研究にチャレンジしています。
生物種としては、Arthrospira platensis (右の写真)を中心とする微細藻を使って研究を進めています。この A. platensis は、「スピルリナ」と通称されている食用の多細胞シアノバクテリアで、アルカリ性の条件で増殖できるため、屋外で培養しても他の藻類が混入せずに簡単に一種類の藻類だけで単藻培養を行うことができます。また、サイズが比較的大きいため、濾過で簡単に収穫できます。このような特徴から、1970年代から産業的な大量培養が始められ、現在は世界中で食品や食品添加物の原料として利用されています。
しかしながら、この生物は基礎的な研究の材料としてはあまり使われてこなかったため、基礎研究を行うための実験系が整備されていませんでした。私たちの研究室では、これまでに A. platensis を研究材料として使いやすくするために実験系の整備を進めてきたほか、突然変異体を利用して増殖や形態形成の遺伝的な調節の仕組みの研究を進めています。このような研究は、この生物を品種改良する上での、基礎的な情報を提供するものとなります。
†
【スピルリナはなぜ螺旋状の形をしているのか】
スピルリナ(A. platensis)の仲間は、螺旋状の形態をしているのが大きな特徴です。スピルリナを寒天培地などの上に置くと、滑らかに動きまわります。このような運動は、微生物学の用語で「滑走運動」と呼ばれています。滑走運動の際、スピルリナは、自分が螺旋状であることを利用して運動の方向を頻繁に変え、また、気温が変化しても移動速度をほぼ一定に保って、暴走状態に陥らないように制御していることが最近の私たちの研究で明らかになりました(Shiraishi et al., 2024) 。突然変異が生じてスピルリナの形態が直線状になると、運動が制御できなくなって暴走状態におちいります。このことから、スピルリナは、螺旋状の形態をとることによって自分の動きを制御していることがわかりました。